- 2025年5月8日
中性脂肪と脂肪酸のはなし1:グリーンランドのエスキモー*研究が発端となって
EPA(eicosapentaenoic acid )やDHA(docosahexaenoic acid)などのω(オメガ)-3系不飽和脂肪酸は中性脂肪の構成要素であるのに、中性脂肪を下げる効果があります(保険収載されています)。その機序の詳細はわかっていませんが、これらの脂肪酸をとると、肝臓での中性脂肪の産生が減り、(中性脂肪を組織に運ぶ)VLDLに取り込まれにくくなり、VLDLの産生も減少します。VLDLの代謝の促進も考えられています。こうして血中の中性脂肪は減少し、中性脂肪の脂肪酸の構成組成は変化し、摂取したEPAやDHAなどの割合が増えることになります。
グリーンランドのエスキモー研究が発端となって、海洋動物や魚に多く含まれる不飽和脂肪酸が注目されることになりました。当時から血中の脂質、特にコレステロールが心筋梗塞などの動脈硬化性疾患に関係していることが分かっていました。陸上動物の脂質を多く摂ることによって血中の脂質も上昇するのですが、ほとんどの食餌を脂質の多いくじらなどの海洋動物や魚から得ているエスキモーは、動脈硬化性疾患が極端に少ないことが知られていました。この点に注目したデンマークのBang HOとDyerberg Jの二人の研究者は、グリーンランドに住む130人のエスキモーから空腹時の血液を採取して血液中の脂質を測定し、デンマーク人と比較しました。コレステロール、中性脂肪、LDL(悪玉コレステロール) VLDLは極めて低く、HDL(善玉コレステロール)には差がありませんでした。デンマークに住むエスキモーにはこの差がなかったことから、人種ではなく食餌の差、とくに魚に大量に含まれる多価不飽和脂肪酸によるのではないかと考えました。
当時、植物オイルであるリノレン酸はコレステロールの低下作用があることが知られていましたので、リノレン酸を測定しましたがエスキモーの血液にはほとんど含まれていませんでした。ところが、デンマーク人にはほとんど認めないEPAとDHAが大量に含まれていることを見出しました。エスキモーは血中のリン脂質、コレステロールエステル、中性脂肪のなかで、EPAの割合がそれぞれ7.1% 16.4% 4.0%であったのに対しデンマーク人は、0.2% 0% 0%でした。これに対し、エスキモーのアラキドン酸の割合は、それぞれ0.8% 0% 0%であり、デンマーク人は、8.0% 4.4% 0%でした。エスキモーは血中脂質の組成が、圧倒的にEPAが多いのでした。
また、当時、アラキドン酸を基質として血小板でトロンボキサンA2が産生され、血小板凝集促進に働き、プロスタサイクリンが産生されて血小板凝集抑制に働くことが知られていました。EPAを基質として産生されるトロンボキサンA3には血小板凝集促進作用がなく、プロスタサイクリンは血小板凝集抑制作用があることを確かめました。血小板の脂肪酸構成の差により、彼らは、エスキモーはデンマーク人と比べ、血小板が凝集しにくく心筋梗塞が少ないのではないかと考えたのでした。
ω(オメガ)-3系不飽和脂肪はその後注目され、これまで(2020年の時点)で31000件の研究論文がパブリッシュされています。これは、抗生物質も含めた研究対象となる物質のなかで5番目に多い課題であり、最初の研究から50年以上経った今、ますます注目されています。
*原著の表現そのままとしました。
Bang HO, Dyerberg J, Nielsen AB. Plasma lipid and lipoprotein pattern in Greenlandic West-coast Eskimos. Lancet. 1971 Jun 5;1(7710):1143-5. doi: 10.1016/s0140-6736(71)91658-8. PMID: 4102857.
Dyerberg J, Bang HO, Hjorne N. Fatty acid composition of the plasma lipids in Greenland Eskimos. Am J Clin Nutr. 1975 Sep;28(9):958-66. doi: 10.1093/ajcn/28.9.958. PMID: 1163480.
Dyerberg J, Bang HO, Stoffersen E, Moncada S, Vane JR. Eicosapentaenoic acid and prevention of thrombosis and atherosclerosis? Lancet. 1978 Jul 15;2(8081):117-9. doi: 10.1016/s0140-6736(78)91505-2. PMID: 78322.
Harris WS, Calder PC, Mozaffarian D, Serhan CN. Bang and Dyerberg’s omega-3 discovery turns fifty. Nat Food. 2021 May;2(5):303-305. doi: 10.1038/s43016-021-00289-7. PMID: 37117719.

まめざくら(三ッ峠 4月)