- 2024年4月2日
うつ病に脳内のセロトニン・ノルアドレナリン(モノアミン仮説)が関係することはどのようにして見つけられたのでしょうか?
抗うつ薬であるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)は、一般医家でも日常臨床で使用する薬剤です。脳内の神経細胞はシナプスという接合部位を介して神経回路を形成しています。シナプス前終末から神経伝達物質が放出され、神経後シナプスの受容体に結合することで情報が伝わります。この神経伝達物質にはアミノ基を一つだけ含むモノアミンと呼ばれるセロトニン、ノルアドレナリン、アドレナリン、ヒスタミン、ドパミンなどがあります。放出された神経伝達物質の一部は「再取り込み」といって神経前終末へ回収されますが、この再取り込みを防ぐことで神経伝達物質を増やし、神経伝達物質の働きを増強しているのが広く使用されている薬です。
なぜセロトニンなどのモノアミンがうつ病などの精神疾患に関与していることが見つかり、モノアミンの働きを助ける薬剤が開発されてきたのか、私は長年不思議に思ってきました。最近、読んだ本に、1950年代に全く異なる2つの薬剤(降圧剤レセルピンと抗結核薬イプロニアジド)の副作用が発端であったことが書かれていたため、自分で調べてみることにしました。
1954年、Edward D. Freisは交感神経抑制作用のあるキョウチクトウ科のインドジャボクから精製されたレセルピンreserpineを5人の高血圧患者に投与し、注意深く観察しました。すると全員に睡眠障害や無快感症anhedoniaなどのうつ様の症状が現れ、長期投与で自殺願望まで現れたのでした。薬をやめると症状は消失しました。その後同様の報告が相次ぎました。そのメカニズムについて1950年代に、イヌにレセルピンを投与するとセロトニンの代謝産物である5- HTIAAが大量に排出されていることが示されました。2回投与してもこの反応は見られないことから、最初の反応は、蓄えられていたセロトニンが放出されると考えられました。また、レセルピンを投与されたイヌの視床下部と尾状核でセロトニンが低下していることが分かりました。その後しばらくして、レセルピンの作用は、vesicular monoamine transporter- 2 (VMAT- 2)の阻害によることが明らかとなっています。
一方、1952年、Selikoff らは、ニューヨークのスタテン島Staten Island の結核療養所(Seaview Hospital)で、抗結核薬として動物実験から2年でヒトに用いられるようになったイプロニアジドiproniazidが結核患者に驚くべき変化をもたらしていることを見出しました。幸福感が増し、活力や食欲が増加し、療養所を出たいという者もあらわれました。咳が聞こえるだけの暗い雰囲気の療養所が明るくなったと記載されています。マウスにレセルピンを投与するとマウスの動きが鈍くなりますが、イプロニアジドが改善するという報告がされました。Klineらはこれに注目し、うつ病の患者さんにイプロニアジドを投与すると70%の患者さんに効果があることを明らかにしました。基礎研究の分野では、1952年、Zellerらが、イプロニアジドがセロトニンなどのモノアミンを分解する酵素monoamine oxidase (MAO)を阻害するという報告をしています。動物実験でも、MOA阻害薬が脳内のセロトニン濃度を上昇させること、セロトニンの前駆体である5-hydroxytrytophanを使用すると同様の作用を示すことが明らかとなりました。イプロニアジドは多くのうつ病患者に使用されましたが、黄疸と腎機能障害のため使用中止となり、さらに強力なMAO阻害剤に取って代わられました。
以上、1950年代に使用された2つの薬剤の相反する副作用が発端となって、今日多く用いられているSSRI・SNRIの開発に至ったことを記しました。血圧や結核の症状のみを観察していてはこうはならなかったと思います。科学者のするどい観察眼(セレンディピティserendipity)があったのだと思います。
参考
メアリージェーンタッキ・ジャンスコット著(稲田健・大庭有美・林カオリ訳):うつ病の原因と治療の基本がわかる本 ニュートン新書
López-Muñoz F, Alamo C. Monoaminergic neurotransmission: the history of the discovery of antidepressants from 1950s until today. Curr Pharm Des. 2009;15(14):1563-86.
Bremshey S, Groß J, Renken K, Masseck OA. The role of serotonin in depression-A historical roundup and future directions. J Neurochem. 2024 Mar 13.
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