- 2025年7月31日
睡眠薬の種類と特徴:薬理作用からみた睡眠薬
睡眠薬は飲まないですめばそのほうがよいと言えますが、睡眠薬の助けを借りれば、快適に過ごすことができることもあります。何か心配なこと、気にかかることがあると眠れなくなることはしばしば経験します。また、いろいろな病気で不眠となることもありえます。
まずは、睡眠環境を整えます。過度のアルコール摂取を控え、寝る前のコーヒーなどのカフェイン摂取を控えます。規則正しい生活を送り、朝の食事を欠かすことなく、日中に運動をして日に当たるように心がけ、心地よい「寝床」を作りましょう。
また、睡眠薬は飲み続けるものではなく、なくて眠れるようになることが最終目標となります。睡眠薬を用いて眠れているときにこそ、生活習慣の改善や不眠の原因を取り除くことを心がけることが大切です。
睡眠薬を服用していても眠れないという患者さんがおられますが、薬をうまく調整することで眠れるようになります。当院では下記に示す薬などを組み合わせて、生活習慣の改善を促し、薬なしで眠れることを目指します。
脳内の神経伝達物質の働きから睡眠薬の薬理作用を理解しましょう。
1市販薬 ヒスタミンH1受容体拮抗薬
市販の睡眠薬の主成分はジフェンヒドラミン塩酸塩です。一般の抗アレルギー薬が眠くなるのも同様の機序によります。ヒスタミンは脳内では覚醒を調節している視床下部の結節乳頭核(TMN)細胞で産生され、前頭前皮質、前脳基底部、視床、脳幹など脳の大半に投射しています。覚醒系神経伝達物質のなかでも重要な位置を占めるヒスタミンのH1受容体を遮断するのは睡眠薬として効果的と考えられており、市販の睡眠薬として重宝されています。耐性(時間とともに薬の効果が薄れる)はおこりますが、離脱作用(薬をやめた時にでる諸症状)、依存、反跳性不眠(もともとの不眠より悪化)は起こりません。多くの薬剤はH1受容体に選択的ではなくムスカリインM1受容体にも拮抗するため、口喝(唾液分泌抑制)、便秘(消化管運動抑制)、排尿困難(膀胱弛緩)、眼圧上昇などの抗コリン作用が生じることがあります。
2不眠症薬として保険収載されている薬
① ベンゾジアゼピン系睡眠薬 トリアゾラム(ハルシオン)・ブロチゾラム(レンドルミン)・ロルメタゼパム(エバミール)・リルマザホン(リスミー)・エチゾラム(デパス)・エスタゾラム(ユーロジン)・ニトラゼパム(ベンザリン)・フルニトラゼパム(サイレース)・クアゼパム(ドラール)・フルラゼパム(ダルメート)・ハロキサゾラム(ソメリン)などGABA(γアミノ酪酸)作動薬(GABAA受容体の正のアロステリック調節物質)
視床下部の腹外側視索前野(VLPO)から生じる抑制系睡眠回路内でGABA神経伝達物質を促進し不眠症に効果を示します。GABAの作動は、結節乳頭核(TMN ヒスタミン)、外側視床下部(オレキシン)、前脳基底部(アセチルコリン)などの覚醒促進部位を抑制し睡眠に導くことができます。GABAは、脳の中で神経の興奮を抑える働きをする主要な神経伝達物質です。GABA がGABAA 受容体という場所にくっつくと、神経細胞の中に塩素イオンが流れ込み、神経細胞の膜の電位が変化して、神経の興奮が抑えられます。GABAA 受容体には、GABA が結合する部位とは別に、ベンゾジアゼピン系薬が結合する部位があります(別の場所を意味するアロステリック)。ベンゾジアゼピン系薬がGABAA 受容体のベンゾジアゼピン結合部位に結合すると、GABA 受容体の形が変化し、より効率的に塩素イオンチャネルが開きます。
② Zドラッグ ゾルピデム(マイスリー)・エスゾピクロン(ルネスタ)・ゾピクロン(アモバン)GABA(γアミノ酪酸)作動薬(GABAA受容体の正のアロステリック調節物質)
ベンゾジアゼピン系薬のようにベンゾジアゼピン骨格は持ちませんが、ベンゾジアゼピン系薬のように、GABAA受容体のGABA自身が結合する部分とは異なる部位に作用します(アロステリック)。ベンゾジアゼピン系薬とは結合する部位やその選択性が異なるために(詳細は不明)、時間とともに効果が薄れる耐性や、中止すると現れる離脱効果、もともとの不眠より悪化する反跳性不眠などを引き起こすリスクは少ないとされています。エスゾピクロンは最も有用な薬の一つとされています。
➂ メラトニン系睡眠薬 メラトニン ラメルテオン(ロゼレム)メラトニンMT1MT2受容体作動薬
ヒト(動物)にはサーカディアンリズム(概日リズム 体内時計)があり、睡眠と覚醒のサイクル、体温、ホルモン、自律神経、免疫機能などを司っています。これが整っていることで健康的な生活が維持できます。サーカデイアンリズムの調整には様々な要因が影響しますが、光は最も強力な同期装置と考えられています。目から光が入ると視床下部の視交叉上核(SCN)にシグナルが送られ、そこから松果体にシグナルが届き、メラトニンの産生がとまります。暗闇になると同様の経路を経て松果体からメラトニンが産生・分泌されます。視交叉上核(SCN)は体内時計の中枢であり、メラトニンはここのメラトニンMT1 MT2受容体に作用して睡眠を導きます。ラメルテオンはメラトニンMT1 MT2受容体作動薬で、自然な睡眠を促すとされています。睡眠薬としての作用はやや弱めです。
④ オレキシン系睡眠薬 レンボキサント(デエビゴ)スボレキサント(ベルソムラ)ダリドレキサント(クービビック)二重オレキシン受容体拮抗薬(DORA)
オレキシン(ヒポクレチン)は外側視床下部・視床下部後部で産生され、オレキシン神経細胞は結節乳頭核(TMN)、前脳基底部、視床、そして脳幹を含む脳のさまざまな部位に投射しています。オレキシンそのものは覚醒を引き起こす覚醒系神経伝達物質とは言えませんが、アセチルコリン、ノルエピネフリン、セロトニン、ヒスタミン、グルタミン酸、ドパミンなどの全覚醒系神経伝達物質との相互作用により覚醒状態の安定化を行っています。
二重オレキシン受容体アンタゴニスト(DORA)は、2つあるオレキシン受容体OX1OX2を双方ともに遮断するためこう呼ばれます。入眠だけでなく睡眠の維持を改善し、依存、離脱作用、反跳性不眠、ふらつき、混乱、健忘や呼吸抑制はおきません。オレキシンの血中濃度は朝高くなるため、DORAの対オレキシン比が低くなり覚醒することになります。また、オレキシン系睡眠薬はREM睡眠を増やすとされています。夢を見がちになるかもしれません。DORAはいずれも肝臓のCYP3Aで分解されるため、クラリスロマイシンなどCYP3Aを阻害する薬と併用すると血中濃度が上がり作用が強くなる可能性があります。
3不眠症以外の病気で用いられ睡眠薬として使用することもある薬(不眠症薬としては保険収載されていない)
抗うつ剤で眠気の強い薬は鎮静系抗うつ薬と呼ばれています。下記の薬剤は睡眠薬として用いられることがあります。
① クエチアピン セロトニン5HT2A受容体拮抗薬ドパミンD2受容体拮抗薬
クエチアピンそのものは5HT2A受容体拮抗薬、D2受容体拮抗薬ですが、その代謝物にも薬理活性があるために多彩な神経伝達物質の受容体(セロトニン5HT7 5HT2C受容体拮抗 ノルエピネフリンα2受容体拮抗 セロトニン5HT1A部分受容体拮抗 ノルエピネフリントランスポーター(NET)阻害)に複雑な結合特性を示します。睡眠薬として用いる容量50mgでは、多数ある作用の中でヒスタミンH1受容体拮抗作用のみが現れます。この容量では抗うつ作用を得るには5HT2C受容体拮抗またはNETの阻害が不十分で、抗精神病効果を得るにはD2受容体の占有率が不十分とされています。
② ミルタザピン(リフレックス・レメロン)ノルエピネフリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)
セロトニンモノアミントランスポーター(SERT)を阻害せず(SSRI SNRIとは作用が異なります)、5つの主要な作用機序があります(セロトニン5HT2A 5HT2C 5HT3受容体拮抗 ノルエピネフリンα2受容体拮抗 ヒスタミンH1受容体拮抗)。ミルタザピンは脳内のヒスタミンH1受容体を強力にブロックします。ヒスタミンは覚醒に関わる神経伝達物質であるため、これをブロックすることで強い眠気を引き起こします(市販薬の項参照)。また、ミルタザピンはセロトニン5HT2A受容体を阻害します。この受容体は睡眠の質、特に深い睡眠(ノンレム睡眠のステージ3および4)に関与しており、5HT2Aをブロックすることで睡眠を深くし、睡眠の質を改善する効果があります。ミルタザピンの主要な抗うつ作用はノルエピネフリンα2受容体拮抗作用により、縫線核と皮質においてセロトニンとノルエピネフリンを増加させます。不眠を伴ううつ病患者にとってはよい適応となる薬と言えます。
➂ トラゾドン(デジレル・レスリン)(セロトニン系睡眠薬)セロトニン受容体拮抗/再取り込み阻害剤(SARI)
睡眠薬としての効果(25~150mg)はセロトニン5-HT2A、ヒスタミンH1、ノルエピネフリンα1受容体阻害作用によると考えられています。中でもセロトニン5-HT2A受容体阻害作用は睡眠を深くし、途中で目がさめてしまう回数を減らす効果があります。そのためトラゾドンは夜間や早朝に目がさめてしまう不眠(中途覚醒、早朝覚醒)に使用されます。睡眠薬の容量(150mgまで)では、セロトニントランスポーター(SERT)は飽和しないため、抗うつ作用は示さないとされています。最初のうちは高容量でうつ病のために研究されていましたが、日中に鎮静が生じてしまいました。夜間投与すると作用が短時間のため、夜明け前に効果が薄れる効果的な睡眠薬であることが思いがけず見いだされました。この薬に耐性、離脱作用、依存や反跳性不眠がないため、睡眠薬として用いられています。
睡眠薬の適正な使⽤用と休薬のための診療療ガイドラインー出⼝を見据えた不眠医療マニュアルー 日本睡眠学会
ストール 精神薬理学エッセンシャルズ 第5版 メディカル・サイエンス・インターナショナル
De Crescenzo F, D’Alò GL, Ostinelli EG, Ciabattini M, Di Franco V, Watanabe N, Kurtulmus A, Tomlinson A, Mitrova Z, Foti F, Del Giovane C, Quested DJ, Cowen PJ, Barbui C, Amato L, Efthimiou O, Cipriani A. Comparative effects of pharmacological interventions for the acute and long-term management of insomnia disorder in adults: a systematic review and network meta-analysis. Lancet. 2022 Jul 16;400(10347):170-184. doi: 10.1016/S0140-6736(22)00878-9. PMID: 35843245.

たかねまんてま(北岳山頂付近 7月)